怖い話のまとめと解説

怖い話を解説付きで紹介

去年のちょうど今頃の話なんだが。 仕事の関係で俺はほとんど日本にいなかった。

去年のちょうど今頃の話なんだが。
仕事の関係で俺はほとんど日本にいなかった。
で、六ヶ月振りに日本に帰って来たんだよ。
帰ってきた港の直ぐ近くに祖母と叔父夫婦が住んでる家があったんで、土産持ってな。
んで、いつも通り「おいばばぁ!今年の夏は暑いけどくたばってへんやろなw」とか言いながら家に入った訳。
でも祖母の返事が返ってこない。いつもなら「お前こそ死んだと思ってたわwwww」とか笑いながら出てくるのに。
で、代わりに出てきたのが叔父。「ばあさん、3月に脳梗塞で・・・」って突然言われたんだよ。
慌てて祖父の仏壇のある仏間に行ったら、祖父の遺影の横に祖母の遺影が。
俺もう、大声出して泣いたのよ。祖母は大好きだったのに、その死に目にも会えなかったのかよってな。
そしたら、突然祖母の声が聞こえたんだよ。

「○○(俺の名前)、うちが死んだら笑ってやるって言ってたやないか!笑え!」

ってな。一緒にそこにいた叔父夫婦もしっかり聞こえたらしい。
もうそこからは俺も叔父夫婦も大笑いしながら大泣き。
滲んで良く見えない視界の隅で、祖母の遺影が笑ったような気がした。

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2012年1月8日 | 心霊ちょっといい話 | 40 Comments »

私が12のとき、両親が他界した。私には三つ年下の弟が居たのだが、それぞれ別々の親戚に引き取られた

私が12のとき、両親が他界した。私には三つ年下の弟が居たのだが、それぞれ別々の親戚に引き取られた
一ヶ月も経たないうちに親戚の私に対する態度は冷たくなり、私は高校進学を諦め、工場に就職し一人暮しを始めた。
私が17になると同時に弟を呼び、二人で暮らした。
弟には世間並みの生活を送らせてやりたいと思い、昼は工場、夜は水商売で何とか弟を高校に入れることが出来た。
それから三年・・
弟は高校を卒業し、東京で働くといい、上京した。
私は夜の仕事を辞め、近所のスーパーで働くことにした。

スーパーの社員さんはいい人ばかりで働きがいがあった。パートの人達とも仲良くなれて毎日が楽しかった。
職場で恋人も出来た。
今までの人生で恋愛や遊びなど経験が無かったので、毎日がとても新鮮だった。
ある日、出勤時に急いでいた私は、不注意で車に跳ねられた。
私は車に乗り上げ、そのまま20㍍程飛ばされた
その瞬間、噂どうり今までの人生が走馬燈のように駆け巡った


気がつけば病院だった。

病院のベットで私は考えた。
人には幸せ、不幸せの量が決まっているんじゃないかって。
私が恋人を作ったり、職場の人と楽しく遊んだりしたから、罰が当たったんじゃないかって。

幸い、 右腕が折れただけでしたか゛、
色々検査をしてもらって、肝臓に障害が見つかり、それで検査入院することになりました。

入院生活を送っていたある夜、消灯後なかなか眠れず、色々と考えていました。
私は何の為に生まれてきたんだろう・・・
こんな辛い人生なら生まれて来たく無かった。

そう考えながら横になっていると、ふと背後に気配を感じました。
看護婦さんかな?と思い、慌てて涙を拭き、振り向くと、
そこには両親がいました。
私はビックリして声を出すことが出来なくて、夢でも見ているのかと、、。
すると母が私の頭を優しく撫でながら『ごめんね、、、ごめんね、、、』と繰り返し言いました。
その横で父は悲しそうな顔で私を見ていました

私は懐かしさと今まで耐えて来た色々な辛さが一気に爆発して大泣きして母の腰に抱きすがりました。


ふと気がつくと、そこには誰もいなかったのですが、母に撫でてもらった感触、母の香りは鮮明に残っていました。

今では1児の母となり、幸せな毎日を送っています。
もし、我が子が、あの日の私のような事を言えば、私はとても悲しいです。
きっと私の両親も私がクヨクヨしているのを見て、とても悲しくなり、私を慰めにきてくれたのだと思います。

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2012年1月6日 | 心霊ちょっといい話 | 62 Comments »

これは俺が中学生の時の体験で 恐怖感はあまり無く、今でも思い出すと不思議な気持ちになります。

これは俺が中学生の時の体験で
恐怖感はあまり無く、今でも思い出すと不思議な気持ちになります。

中学二年の二学期に、急性盲腸炎で緊急入院しました。定期テストの前だったのでよく覚えています。
明け方に腹痛を覚えてそのまま救急車で運ばれ、即日入院で手術に備えました。
手術は翌日に決まり、痛み止めを服用してその日は病室で横になっていました。
病室は6人用の大病室でしたが、入院患者は僕と、その隣の人しかいませんでした。
夕方、仕事を終えた母が着替えや身の回りのものを持って見舞いにやって来ました。
しばらく話をしていると、60歳くらいのお婆さんが病室に入ってきました。
隣の人のお見舞いのようでした。母が「これから一週間ほどですがお世話になります」
と挨拶すると、向こうも「若いですからすぐに元気になりますよ。こちらこそよろしく」
と微笑んでくれ、とても感じの良い人でした。

お婆さんは、隣の人のベッドのカーテンの中に入り1時間ほど話してから
帰っていきました。面会時間が終了して、母も家に帰りました。
その夜、僕は翌日の手術のことを考えて少し興奮し、すぐに眠れませんでした。
すると隣のカーテンの中から話し掛けられました。
「やぁ、この病室に入院してくる人は久しぶりだ、ここ何ヶ月か1人だったから退屈だったよ。
 どうして来たんだい?」と聞かれました。声の感じから、どうやらさきほどの
お婆さんの旦那さんのようです。優しい声でした。
「盲腸です。今日の朝に急にお腹が痛くなってしまって・・・テストもあるんですけどね。」
などと、僕は学校のことや部活のことなども話しました。母が帰り心細かったので
話相手が欲しかったのもありますし、相手のお爺さんの声が優しかったのでスラスラと話せました。
お爺さんは笑いながら話を聞いてくれて
「若いというのはそれだけで素晴らしいね。大病で無くて良かったね。」と言ってくれました。
私は、悪いかとは思いましたがお爺さんにも入院理由を尋ねてみました。
「もう悪いところが多すぎて、何が悪いという訳でもないんだよ。寿命と言うには早いが
 私は満足しているんだ。おそらくもう退院は出来ないだろうけれどね。」
と言いました。内蔵の病気を併発しているとのことで、確かに長く話しているとつらそうでした。
僕は、急に悲しくなって「そんなことはない、僕は先に退院するけれど、お見舞いにも来るし
いつか退院できますよ。」と言いました。自分が病気になってみて、どんなに心が弱るか
少しだけ分かった気がしていたので、元気づけられればと思ったからでした。

お爺さんは笑いながら僕にお礼を言ってくれました。
そして次の日、僕は手術をしました。全身麻酔だったのでその後の半日を
眠ったまま過ごしていました。目を覚ますともう夕方を過ぎており、ベッドの周りには
母と父が待っていました。あと1週間ほど入院して、経過が良好なら退院できると説明されました。
しかし気になったのは隣のお爺さんのベッドが空いていたことでした。病室移動かもしれないと
思い、その時は、退院する日に挨拶をしにいこうと思った程度でした。

経過は思ったより順調で、5日ほどで退院の日になりました。僕が入院道具を整理していたら
あのお婆さんがやって来ました。僕がお爺さんのことを聞こうと思いましたが
お婆さんが涙目なのに気がついてすこし動揺しました。するとお婆さんは
「あの人が手紙を書いていたのよ。渡すのが遅れてごめんなさいね。」と僕に手紙を
渡してくれました。そこには「最後の夜が1人でなくて良かった。ありがとう。元気に育ってください。」
そいうような内容が乱れた字で書いてありました。
話を聞くと、お爺さんは僕が手術をしていた日の午前中に容態が急変して、そのままお亡くなりになっていたそうです。
僕は泣きながら「僕もあの夜はお爺さんと話せて安心できました。心細かったけれどとても優しく話をしてくれた。」
とお婆さんに言いました。するとお婆さんは不思議そうな顔をして説明してくれました。

説明によると、お爺さんは喉の腫瘍を切り取る手術が上手くいかずに、声帯を傷つけてしまったために
話すことはもちろん、声を出すことはほとんど出来なかったらしいのです。
最後の手紙は、恐らく亡くなる前日の夜に、自分なりに死期を悟って書いたのだろうとのことでした。

今でも、あの夜にお爺さんと話したことを思い出します。あれはなんだったのでしょうか。
不思議だけれど、あの優しい声は忘れないと思います。


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2011年11月18日 | 心霊ちょっといい話 | 73 Comments »

俺が生まれる時の話だそうです。

俺が生まれる時の話だそうです。
父方の祖父は俺が生まれてくるのをとても楽しみにしていたそうです。
しかし、出産予定日の二ヶ月前に祖父は突然亡くなってしまったそうです。
前日まで元気だったのに、寝ている間に死んでしまったそうです。
お葬式など色々ありましたが、出産予定日になりました。
我が家は珍しく、産婆さんによる自宅出産でした。
出産は安産という言葉の例になるほど順調で、順調に終わったそうです。
その日の夜です。
母が視線を感じて目を覚ますと、天井一杯に大きく人の顔があったそうです。
普通なら恐怖に駆られるでしょうが、不思議と何も感じなかったそうです。
よく見ればそれは、亡くなった祖父の顔だったそうです。
その祖父は、眠っている俺に目をやると微笑んで何か口を動かして消えたそうです。
そのとき、音は出ていませんでしたが、母はそれが「座椅子」と言っていると理解出来たそうです。
翌日、父にその出来事をはなし、祖父の家の生前祖父が使っていた座椅子を調べたところ、手すりのところに引き出しが付いていて、そこに一枚の半紙が入っていたそうです。
それは生前祖父が書いたであろう、俺の名前の案だったそうです。
そして今、俺の名前はその祖父が考えていた名前です。
俺は今までにも、事故に遭いそうになって危ないところで助かった事が二回ほどあります。
そのとき確かに何かに守られているような安らぎにも似た感覚を感じていました。
俺の誕生を楽しみにしていた祖父は、今でも俺を守ってくれているのかもしれません。

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2011年9月15日 | 心霊ちょっといい話 | 50 Comments »

「私・・・リカちゃん・・・今あなたの部屋の前にいるの・・・」

「私・・・リカちゃん・・・今あなたの部屋の前にいるの・・・」
たいへんだ。入ってくる。どうすればいいんだ・・・!!
「私・・・リカちゃん・・・今あなたのベランダにいるの・・・」
ベランダだと!? ベランダから入ってくる気か!?
「私・・・リカちゃん・・・今セブン・イレブンにいるの・・・」
あれ? うちの裏のコンビニか?
「私・・・リカちゃん・・・今吉野家にいるの・・・」
おお・・・遠ざかってゆく・・・。

それは3年も前のことでした。
今朝、会社へ出かける前に、「ハバロフスクにいる」
との便りをもらいました。春はまだ遠いだろうなあ。
がんばれよ。

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2011年8月30日 | 心霊ちょっといい話 | 23 Comments »

小学生の頃、親戚の家に遊びに行ったら痩せてガリガリの子猫が庭にいた。

小学生の頃、親戚の家に遊びに行ったら痩せてガリガリの子猫が庭にいた。
両親にせがんで家に連れて帰った。思い切り可愛がった。
猫は太って元気になり、小学生の私を途中まで迎えに来てくれるようになった。
いつも一緒に帰っていたけれど、六年生の林間学校に泊りがけで行っているときに
車に轢かれて死んでしまった。もう、猫は飼わないと思った。

年月が過ぎ、私は就職して三交バスで通勤をするようになった。
仕事がうまくいかず、やめようかどうしようか迷っていた。バスを降りると
いつも我慢していた仕事の悩みが噴出して泣きながら暗い夜道を歩いていた。

そんなある日、バスをおりて歩いていると、少し先に白い猫がいた。
その猫は振り返りながら距離をとりながら私の前を歩く。坂を上がり、いくつもの
曲がり道を曲がって行く。私の家に向かって。家の前に出る最後の曲がり角を曲がると
その猫の姿はなかった。数日そうやって猫に先導されるように家に帰る毎日が過ぎた。

ある日、いつものように待っていてくれる猫を見て気が付いた。
しっぽをぱたん、ぱたんとゆっくり上げて下ろす仕草。
小学生の時に飼っていた猫と同じ。思わず猫の名を呼んだ。
振り返った猫は一声鳴いて、また家に向かって歩いた。

涙が出てしかたがなかった。心配して出てきてくれたんだね、ありがとう、ごめんね。
大丈夫だから、もう、安心しているべき所に帰ってね……。
後ろ姿に向かってつぶやいた。最後の曲がり角を曲がる前に猫は振り返った。
近づいて撫でたかったけど、近寄ったら消えてしまいそうで、もう一度つぶやいた。
ありがとうね、大丈夫だからね。 そして、猫は曲がり角をまがった。

なぜかふと、後ろが気になって振り返ると白い小さな塊がふっと消えて行く所だった。
そこは林間学校に行って帰らない私を待ち続けて猫が車に轢かれた場所だった。

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2011年6月27日 | 心霊ちょっといい話 | 49 Comments »

幼稚園のころ、ころんでひっかき傷つくって泣いてたら同じクラスの女の子に絆創膏をもらったんだ。

幼稚園のころ、ころんでひっかき傷つくって泣いてたら同じクラスの女の子に絆創膏をもらったんだ。
金属の箱に入ったヤツ。5枚ぐらいあった。「全部あげる。無駄使いしちゃだめよ」って。
家に帰っておふくろに「絆創膏?ケガしたの?」って言われたんで剥がしてみせた。
ケガなんてどこにもなくなってる。不思議だったけど絆創膏のパワーだと信じた。

何日かして朝御飯のとき自分のお気に入りの茶碗にヒビが入ってるのを発見。
ガキの浅知恵だよね。ヒビに絆創膏はってみたんだ。
・・・・・・夕飯のときにはがしたら直ってた。
手押し車にアヒルがついてるおもちゃ。アヒルの首が取れちゃったんだけど
絆創膏はっておいたらやっぱり直った。

大切に使わなきゃ、とさすがに事の重大さに気づいた矢先、うちの猫のヤーヤが車にひかれた。
残ってた絆創膏全部はって、毛布をかけて幼稚園休んで看病した。
泣き疲れて寝ちゃったんだよね。ヤーヤに顔をなめられて目を覚ました。
治ってたんだ。傷なんか痕すら残ってない。明日幼稚園いったらミヤちゃんにお礼言わなきゃ。
「絆創膏くれてありがとう」って。

幼稚園行って気づいた。ミヤちゃんなんて女の子はいない。
絆創膏をもらった時以外に彼女をみたことなんてなかった。
なのに僕は彼女をみたときミヤちゃんだとなぜだか思った。

そういえばヤーヤを産んですぐに死んでしまった母猫もミヤだった。

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2010年9月13日 | 心霊ちょっといい話 | 23 Comments »

ちょっとムシャクシャしてるから、ちょっと猫を虐待しようかと思う。 他人の目に触れるとまずいので家に連れ帰る事にする。

ちょっとムシャクシャしてるから、ちょっと猫を虐待しようかと思う。
他人の目に触れるとまずいので家に連れ帰る事にする。
嫌がる猫を風呂場に連れ込みお湯攻め。 充分お湯をかけた後は薬品を体中に塗りたくりゴシゴシする。
薬品で体中が汚染された事を確認し、再びお湯攻め。 お湯攻めの後は布でゴシゴシと体をこする。
風呂場での攻めの後は、全身にくまなく熱風をかける。 その後に、乾燥した不味そうな塊を食わせる事にする。
そして俺はとてもじゃないが飲めない白い飲み物を買ってきて飲ませる。
もちろん、温めた後にわざと冷やしてぬるくなったものをだ。
その後は棒の先端に無数の針状の突起が付いたふわふわした物体を左右に振り回して
猫の闘争本能を著しく刺激させ、体力を消耗させる。
ぐったりとした猫をダンボールの中にタオルをしいただけの質素な入れ物に放り込み
寝るまで監視した後に就寝。
こうして猫を虐め上げてやろうと思う。

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2010年9月1日 | 心霊ちょっといい話 | 63 Comments »

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